育児

2011年9月 2日 (金)

パンチDEデートⅡ


「ひと目あったその日から、恋の花咲くこともある・・・」

・・・と、以前に書いた記事と被った出だしですが…

先日、8/27(土)に娘(満6歳)とデートに出掛けました^^

上の娘とは、既に二度ほどデートに出掛けているのですが、

下の娘とは、今回が初デートです^^

さあ、どこに連れて行こうかと、せんど悩んだ結果。。。

大阪くらしの今昔館に決定しました。

海遊館とかも考えたのですが、下の娘は大きい魚にビビって

しまうのでNG

暮らしの今昔館は、私も行ったことがなかったので、到着

するまで「大丈夫かな、楽しめるトコかな ( ̄‐ ̄;」と、

不安でいっぱいでしたが…





行ってみて 大正解 でしたよ^^



100㎡の広大な空間に、昔の町家を再現した

なにわ町家の歳時記


デート(くらしの今昔館①)
建具屋さんの店先に飾られた獅子


デート(くらしの今昔館②)
井戸端では、ご近所共用の洗濯場


近代大阪の町並みを模型で再現した

モダン大阪パノラマ遊覧


デート(くらしの今昔館③)
精巧な模型が多数展示されてます


ここは、家族みんなでも楽しめますよ!

嫁さんと上の娘も連れて、また来よう^^




■おまけ■

昔の写真を展示しているコーナーのなかで、面白い

のを発見したので…

尋常小学校の学校生活風景の写真が数点ありました。

こんな感じでしたよ↓

デート(くらしの今昔館ネタ①)
楽しい遠足ですね。イモ掘りは王道^^


デート(くらしの今昔館ネタ②)
メニューは今とは全然違うんでしょうね^^


デート(くらしの今昔館ネタ③)
・・・・・えっ??

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2009年4月23日 (木)

アシュリー・ヘギさん亡くなる


以前、当ブログで記事にさせていただいたアシュリー・ヘギ

さんが亡くなりました。

享年17歳だったそうです。

彼女はプロジェリアという難病に侵され、通常の10倍近い

速度で老化が進んだそうです。

17歳といえば、青春を謳歌する時期ではないでしょうか。

身体的にも充実し、いろいろな経験をし、多くの考え方と出会

い、まさにこれからが自身の人生のスタート地点であると、

そう思います。


幼い頃から自分の病を理解し、限られた時間を常に意識して

生きてきた彼女は、ある意味、通常の17歳よりも充実した

人生を送ってきたでしょう。

しかしながら、病の為に通常の17歳よりも人生を楽しめなか

ったという所もあるかと思います。

彼女のドキュメンタリー番組を見た時、私の中で何かが大きく

動いたのを覚えています。

それは、なんでもない日々を、ただ何気なく過ごすという事

をしないように気を付けるという事。

なんでもない時間も、自身の限られた人生において、二度と

戻ることはない貴重な時間であることを意識するという事。

私の場合、家族と過ごす時間は、その一瞬一瞬の全てが大事

であるという事を気付かされました。

私はこの数年で両親を亡くしたので、日々の家族との時間を

大事にしたいという気持ちは、特に強く感じました。


アシュリーと彼女の家族は、常にこの時を意識して過ごして

来たと思います。

彼女が天に召された今、彼女と家族の方達は悔いを残すこと

なく、これまでの人生を過ごせたのでしょうか。

どんなに精一杯生きても、悔いが残らない別れは無いかも知れ

ませんが、どうか満足できる人生であったと思いたいです。


アシュリーさん、どうか安らかに。。。

そして、その家族の方達、どうかこれまでの彼女との人生を

誇り、悔いの無いものであるように。。。

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2009年4月10日 (金)

入学式


去る4月7日は、幸運にも天気に恵まれた。。。

という書き出しは、前回やったので止めましょう^^;

行って来ました!上の娘の入学式に!!

卒園式と違って、入学式はイマイチ『グッ』と来るもの

もなく、案外すっきりと終わりましたよ^^

この日は平日でありましたが、仕事を休んで参加しました。

今回の入学式を一言で表すなら。。。それは、


 長 い … orz


家族四人揃って出掛け、下の娘を保育園へ送った後、三人で

いざ小学校へ。。。

9時20分に到着し、45分から式が始まりました。

んで、全てが終わって小学校をあとにしたのが13時前。

入学式にどれだけ、かかるねんっ!

新入生の殆どが、あまりの長さに疲れた様子でした^^;

校長先生や、新入生の担任の挨拶。PTA会長の祝辞やら…

新二年生全員による、新入生歓迎の歌や演奏。。。

歓迎の儀は良かったのですが、ちょっと尺を取りすぎかと。

計画した学校側の力み過ぎなカンジは否めなかったです。


娘のクラスも見てきましたが、ちっちゃな机に椅子。

保育園のそれとは違い、なにかすごい懐かしさを覚えました。

保育園のとき同様、この小学校で6年間過ごすのかと思うと

なんだか不思議な感じ。。。

担任の先生も好感が持てる感じの方でした^^


保護者を対象とした説明会もあった。

その内容は、とりあえず最初の3日間の学習予定を簡単に

説明するものでしたが、その内容に驚いた。

 ・あいさつ
 ・返事の仕方
 ・トイレの使い方
 ・並び方を知ろう
 ・靴箱・ロッカーの使い方
 ・自分の名前を書こう


習うまでもねぇっ!!

小学校が始めての集団生活。という子供たちもいるだろうが

それにしても。。。と思いましたね^^;

保育園で習ってるような内容ばかりだったので、かる~く

ショックを受けてしまいました^^;唯一つの救いは、ここに

時計の読み方がない事でした^^;

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2009年3月25日 (水)

卒園


去る3月24日は、幸運にも天気に恵まれた。

暦では春を迎えたものの、未だ冬の厳しい寒さをはらんだ風が

吹き、上着が手放せない日が続いているが、この日ばかりは

ポカポカと春の陽気が気持ち良い快晴となった。

この日は、上の娘が6年間通った保育園の卒園式である。


正確には、5年8ヶ月。

言葉や文字にすれば何ともない時間だが、これまでの出来事

を思い返してみると、やはり重みのある時間だと。。。

初めての我が子、保育園へ通わせるという事に当時の私は

猛反対したのを覚えている。

その理由は、親と子が一緒に過ごす時間を少しでも長く持つ

べきだと考えたから。

嫁さんは出産直前まで、保育士として8年間勤めており、

保育園へ預ける事を勧めた。たくさんの子供達を見てきた彼女

は、子供が保育園で多くの経験を得る事を知っていたから。

娘の経験にも良い事だと嫁さんに説き伏せられ、それならばと

しぶしぶ承諾したものである。


生後6ヶ月の我が子を保育園へ預けた初日、別れ際に後ろ髪

を引かれる思いだったのは、娘よりもむしろ私の方だった。

クラスへ預け、保育園を後にしたあとも

「親から離れ、寂しがって泣いてはいないだろうか」

「食事を与える人がいつもと違うが、食べているだろうか」

「知らない場所だが、きちんと昼寝はしているだろうか」

とにかく、いろいろと心配したものでした。

実際は親が心配する事もなく、初日から環境の変化に慣れて

いたようですがね。。。 ^^;


お人形のように小さな手足で、しゃべる事も寝返りをうつ事も

出来なかった子が今では立派に大きくなり、運動会や発表会

で親が驚嘆の声を漏らすほどに活躍してくれるまでに。

まだまだ人生のスタート地点とはいえ、生まれて間もなく保育

園でも生活を始めた娘にとって、保育園は第二の家族のよう

な存在だったのではないかと。。。

小学校に上がると、もう会えなくなる友達もたくさんいます。

その点は、本人もやはり残念そうでした  (o´_`o)ハァ・・・

けれど人生は、別れがあり、出会いがあります。

小学生になっても頑張ってね。卒園おめでとう (゜-Å) ホロリ

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2009年1月17日 (土)

今を生きる子供たち


およそ3ヶ月ぶりになる、育児カテゴリーですが、
今回は、少し長いです。その上、読んでいてもつまらないと
感じられるかも知れません。一応、お断り入れときます。


今日は、子供の通う保育園の参観日でした。

午前中に1時間の授業を参観するわけですが、たくさんの

お父さんお母さん達が我が子の普段の授業風景(保育風景?)

を見学しに集まりました。

嫁さんと二人で参観に向かったのですが、やはり二人とも

上の子、下の子どちらも見たかったので、30分程度でお互い

入れ替わる事に。

※ウチは上が年長クラス、下が2歳児クラスの為、建物が

別々にあり、ちょっと大変でしたが^^;


私は、上の娘の参観に参加。

周りには、開始と同時にビデオカメラを回す親御さんや、声に

は出さず、口パクで我が子にエールを送る親御さんの姿も^^

私も運よく、娘の様子がよく分かるポジションをゲット!

黙って授業を見学しておりました。年長クラスの参観内容は、

SI遊び でした。

※ 『SI遊び』とは? の説明は割愛させていただきます。

しばらく授業を見学していると、私の右隣の二人組が気になり

だした。とゆうのも、授業開始後ずっと喋っている。

二人はそれぞれ別の子供のお母さんらしい。周りをはばかって

小声で話しているものの、ずっと参観そっちのけで喋り続けて

いるのです。

年齢は、共に30台後半かと。黒いワンピースを着ている方を

仮に『Aさん』として、もう一人は『Bさん』とします。

ひたすら、Bさんに自分の『子育て論』を話し続けるAさん。

Bさんも、ウンウンと相槌を打っておりました。


A:「xx小学校に入れようと思うの。」

A:「xx校は小・中・高、一貫性だから~・・・」

B:「うんうん、そうねぇ。」

A:「xx高は、xx大学入学者も多いし~・・・」

B:「うんうん。」

A:「xx大学なら、就職もそれなりに~・・・」

B:「うんうん。」


というような会話を、30分間ひたすら続けていた。。。

その後、嫁さんとチェンジして下の娘のクラスへ。

娘と節分の豆入れを一緒に作りました^^ 鬼のデザインです。

参観終了後、嫁さんに聞いてみたのですが、私が交代した後も

例の二人組は、延々と話し続けていたらしいです。



おかしいだろっ!!


一体、何をしに来たのでしょう。保育参観は、普段見られない

自分の子供たちの、保育園での様子を見るためのもの。

子供たちが、どういうことを毎日学んでいるかを見るため、

子供たちが、頑張っているところを見るための参観日です。

自身の子育て論人生設計を公開し、意見を聞きたいのなら

喫茶店にでも行きゃあいい!

なぜ、わざわざ参観日なのかっ!って事です。

二人の子供たちは、どう思ったでしょう?せっかくの参観日に

来ても、ずっと話し込んでいて自分を見ていない。

子供にとって、ショックなのではないでしょうか?

そりゃあ、子供の将来設計をキチンと考えてやるのは、間違い

だとは思いません。けれども、

今、頑張っている子供を見ましょうよ。

先ばかりを見ていて、子供の今が見えていないのでは?

年長クラスですから、来年は小学校です。保育園での参観も

今日で最後なんです。その最後を、親同士のお喋りで締める

だなんて。正直、アホの極地 ですね。

赤の他人ながら、この母親の子供を哀れに思いました TΛT



ビデオカメラで撮影する親御さんは、何を撮っているのか?

それは、今日しかない子供の姿を撮っているんです。

子供の成長は、恐ろしく早いです。例えば、保育園で歌って

いる歌ひとつとっても、その歌に対する気持ちは数年経てば

全く変わっているはずです。

「今聞くと、幼稚で恥ずかしいなぁ。なんで、昔は好き

 だったんだろう?」

なんて具合に。。。

人間は大きくなるにつれ、いろんな事を知り、いろんな考え方

に触れます。その中で、自身の考え方・感じ方というものが

日々、どんどん変わっていき成長するものです。

子供の今の考え方や感じ方とは、まさに今しかないんです。

そんな貴重な一瞬を、自ら放棄するような真似は決してしない

でほしい。

今を生きている姿を見ることは、この先ないからです。



すごく極端な話ですが、人はいつ死ぬか知れません。

親が先に死ぬという保証も無く、昨今のニュースで見られる

事件などでは、子供が先に死んでしまう可能性は大です。

そんなとき、『子供が小さかったので思い出も少ししかない』

というのは、ただの言い訳に過ぎません。

毎日を子供と正面からぶつかって接していれば、そんな風に

感じることも無いだろうと思います。

『今を生きる子供の姿を、ちゃんと見守ってやるのが親』

だと私は思うのです。

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2008年10月16日 (木)

子供の世界 ~ 今と昔 ~


先日、家族で車に乗って出掛けた時のこと。

私が小学校に上がる直前まで住んでいた所を通りかかった。

当時の私は、市営団地に住んでいた。

『第3住宅地』と呼ばれるそこは、同じ造りの建物が周りに

いくつも立ち並んでいて、巨大な迷路のように感じ。

ところが大人になった今、『第3住宅地』を取り囲むように

当時は無かったマンションや飲食店が、多く立ち並んでいて

大きく感じた『第3住宅地』は、ひっそりしていた。。。

実際、『第3住宅地』は狭かった。その昔、あんなに広くて

大きくて、未知の領域がいっぱいに広がっていた場所。

当時の私には、そこが世界のすべてだったのに。


今の子供達はどうなんだろう?

私の子供達は、近所の商店街や公園なんかを、自身の中で

特別に大きな存在として感じているのだろうか?

私自身が連れて行っていて言うのもなんだが、娘たちは梅田

に出掛けて、ある程度慣れたところなら一人平気でズンズンと

突き進んでいく事がある。

(必ず、一人で行っちゃダメッ!とは教えているが。。。)

彼女は団地に住んだ経験が無いので、当時の私とは感じ方が

違うのかもしれないが、今の子供達は私が幼い頃に持っていた

より、ずっと大きな世界の中で生活しているのかもしれない。

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2008年8月11日 (月)

子の誕生と親の義務


■今回の記事について■
 私個人の考え方・感じ方により書かれております。
 当記事により、ご不快な思いをされるかも知れませんが、
 ご容赦下さいますよう宜しくお願いいたします。


守口市乳児殺害事件と呼ばれる事件をご存知でしょうか。

事件の大まかな概要は、以下のような感じです。

民家に強盗が侵入、生後18日の乳児を殺害し出産祝金

を強奪し逃走。母親は粘着テープで拘束されていた。

事件後、母親は飛び降り自殺。22歳という若さであった。

この悲惨な事件に、新たな事実が警察より発表された。


『事件は、自殺した母親による狂言』



子供を産み、育てるという事に、とてつもないプレッシャー

を感じていたのだろうか。

自殺した母親は22歳。父親は22歳の大学生だという。

何故、産んだのか?堕胎という選択肢もあっただろう。

それでも出産したのは、本人の意思、または親族の意思も

あったのだろうか。

いずれにしても、その結末は最悪のものとなった。



私が父親になったのは、25歳のとき。

会社に勤めて、3年が経過した頃だったと思います。

私の場合、俗に言うできちゃった婚でした。

嫁さんとは、既に10年の付き合いであり、彼女との結婚に

ついては十分に意識していました。

それでも、子供が出来た知らせを受けたときは、正直なところ

すごく動揺しました。

それは、子供を持つという事 = 重大な責任を伴うという

考えがあったからです。

「果たして自分の安月給で、生活できるのか?」

「自分は父親として、本当にやっていけるのか?」

『子供を産む。親になる。』ということは、とても簡単に

出来てしまいます。ところが、

『子供を育てる。親の義務を全うする。』となると、そう

簡単に出来る事ではありません。

子が出来れば、親になったというものではないのです。



自殺した母親は、生後間もない我が子の口を、粘着テープで

塞いで窒息死させたとの事。

自分自身、苦しんで産み落とした我が子の命を、幼く身動き

出来ない我が子の命を、酷い手段で絶った母親。

その上、偽装強盗を計り、自身に罪が及ばないようにする等、

もはや母親云々よりも、人として許せない行ないである。

勝手な親の都合で命を与えられ親の都合で命を奪われる

子は親を選べないとはいえ、あまりに可哀想である。



ここ数年、こういった子供に関わる理不尽な事件が増えたよう

に思う。それは、私に子供が出来て、このような問題に関心を

寄せるようになり、過去のこういった事例に気が付かなかった

だけかも知れないが。。。

今の人間は、もっと命について考え直す時ではないかと思う。

それは大人だけではなく、小さい子供の頃から教えるべきだと

学校教育の中に取り入れるべきだと、私は思います。


私には何ら関係の無い事件ですが、死んでしまった今なお、

この母親を許す気持ちにはなれない私です。

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2008年8月 4日 (月)

娘からの誕生日ケーキ


ブログの紹介文にもあるように、私は31歳。

先月の4日を以って、31歳になったばかりである。

7月生まれが多い我がファミリーは、私の兄を含めて3人

まとめて誕生日パーティを行った。先月の20日の話。

8月になり、もう誕生日の事など過ぎた話と思っていたが、

上の娘から(今になって)思わぬ祝福を受けた。

娘:「とーちゃん、誕生日おめでとうー!」

私:「???」

なんでまた、今更?と戸惑っている私の前に、彼女が

差し出したものは。。。



リーメントのバースデイケーキ(ミニー)
Re-mentのバースデイケーキ(ミニー)



ちゃんと、ロウソクも『31』になっていた。

どうやら、お祝いってワケでもなく、バースデイケーキの

オモチャが嬉しくて、誰かにはぴばすでぃを言いたかった

だけの様子 ^^;;

それでも、嫁さんや妹、自分自身でなく私を選んでくれた

ことには、密かにガッツポーズをとる私でした ^^;

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2008年7月21日 (月)

贈り物は気持ちが大事


7月20日は、兄の誕生日である。

私は4日、下の娘は13日。とゆーことで、今年はみんな

まとめて誕生日パーティをしようということになった。

参加したのはウチの家族と、兄、そして姉夫婦の7人。

食事を済ませた後、ケーキにろうそくを灯し、バースディ

ソングを歌い、ケーキを切り分けた。

時間もそこそこ経過した頃に、いよいよプレゼントの受け渡し

となった。みんな楽しく笑顔でプレゼントのやり取りが進む

なか、一人浮かない顔をした者がいる。上の娘である。



妹や、父や伯父がお祝いされているのが羨ましい様子。

食事やケーキは美味しいが、たくさんのプレゼントを受けて

大喜びの妹が羨ましいようだった。けれど、今回は妹が主役

だということを理解している娘は、ぐっと我慢しているようで

あった。

少し可哀相な気もしたが、仕方が無い。上の娘の誕生日には

下の娘はプレゼントをもらえないのだ。

そう思っていたら、上の娘がゴソゴソと鞄から何かを取り

出した。それをニコニコしながら、伯父や私、そして妹の一人

ひとりに手渡した。

手作りのメッセージカードであった。

どうも、浮かない顔をしていた理由は、プレゼントの件だけ

ではなく、自分のプレゼントが他の物よりも劣って見えたと

いうことらしかった。

メッセージカードには、似顔絵誕生日おめでとうの言葉

短く綴られていた。

誕生日プレゼントには、何かと金額が掛かるものと考えるよう

になっていた私であったが、贈り物に大事なのは、なにより

金額ではなく、祝う気持ちが大事

ということに、今更ながら気付かされた。

彼女は、受け取る相手が喜んでもらえる様に、一生懸命に

そのメッセージや似顔絵を書いて、お気に入りの便箋にしたた

めたのだと思う。そんな娘の気持ちをとても嬉しく感じた。

下の娘も、姉からのプレゼントに満面の笑みであった。

下の娘にも、姉のように優しい気持ちの子に育って欲しいと

願うのでありました ^^



ちなみに姉夫婦からは、上の娘にもプレゼントを頂きました。

妹だけがプレゼントをもらうのは、羨ましいし、少しショック

を受けるのではないかと、気遣いを頂いたからです。

プレゼント受け渡しの最後に、プレゼントを受け取った娘は

驚きと同時に、とても嬉しかった様子。みんな笑顔で終える

ことが出来ましたよ ^^

※ 姉はプレゼントをあげるべきか否か迷ったらしい
  先日の記事を見たせいもあったという。。。

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2008年7月12日 (土)

子供に買い与えるということ


当ブログのタイトルが示すように、おもちゃが大好きだ。

子供が様々なおもちゃを使って遊んでいるのを見ていると、

最近のおもちゃのスゴさを実感する。

それは人形やヌイグルミひとつとっても、そのクオリティの

高さは私が子供の頃のそれとは、比べ物にならないと思う。

また、おままごとセットにしても、昔のそれと違うのは

音や光が再現され、より本物を扱っているかのような遊び方

が可能になっている。

昔は無かったタイプのおもちゃもある。

カードをスリットして、本体のDBから該当するデータを

表示したりする物もある。(ちょっとオーバーな言い方?)

とまあ、子供はもとより、見ている大人も一緒に遊びたくな

るようなものばかり。



家は狭いが、おもちゃは豊富。

我が家は、ちょっとそんなトコがある。

時々、『買い与えすぎか?』と自問自答することがある。

今の子供たちは、親が子供だった頃に比べてどうだろうか?

簡単にモノが手に入りすぎているのだろうか。

(まあ、私がそれを言ってしまうのもおかしな話だが。。。)

私が小さい頃。。。といっても、それほど昔ではない。

暮らしも豊かで、モノがない時代ではなかった。私は、よく

父親から言われたものだ。



お前たちは幸せや。なんでも欲しい物が容易に手に入る。



この言葉。子供だった当時は意味は理解できたが、それが

一体何を言いたかったのか分からなかった。

確かにいろいろ買ってもらった。けれどそれは、誕生日や

クリスマスなど、何か一大イベントの時に買ってもらった

ので、なんでもない日に買ってもらっていたワケではない。

ほんの年に1、2度の事であった。

それがどうして、幸せものなのか分からなかった。。。

それがどうだろう、最近になって父親の言っていた言葉を、

私自身が感じ、言葉にするようになっていた ^^;

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